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2008/01/18

小田幸司にまつわるエトセトラ

小田幸司は05年末に「1年だけ」と決めてチームに合流した。
神奈川の六浦FCでちょこっとプレイした後に実は05年の夏に練習に参加していた事がある。練習を見ていた人間から「コウジと呼ばれる選手が来てる」と言われて「小田幸司」と確信したが、その後練習に来なかった上に地元記者に「堀川君の弟じゃないですか?」と見事に煙にまかれてしまった。幸司は国見FCでプレイを続けた。

05年のオフに入るとすぐに幸司は合流した。
「新しい選手が来てる」と連絡入った時に「優男風な顔?」と聞いたら「そう!」と言うので幸司だと確信した。翌日に練習を観に行ったら幸司は居なかった。「勘違いかな・・」と思った。さらに翌日の練習をボ~観ていると幸司が走っていた。
06年の頭まではV・VAREN長崎には練習着がなく、各自勝手なジャージだった。
ユニフォームもそれぞれが持ち寄ってたのでACミランやらブラジル代表やらのごった煮状態で背番号も10とかやたらと多かった。コーチの総司さんが京都サンガのジャージを着てて「京都から新加入?」と一瞬思ったくらいだ。
その中で幸司のジャージは銀ピカで目立っていた。皆で「消防服?宇宙服?」と話したもんだ。

06年の幸司は出番が少なかった。とても器用でどのPOSでも出来るから、かえって固定出来ずに起用法を探るのに時間がかかった。上手くはあったので皆でよく「幸司使って欲しいな」と話していた。器用さが祟った感じだったが、怪我人続出の全社ではその多様性を存分に発揮して影のMVPとも言える活躍をした。
この1年で家業を継ぐ為に退団するつもりだったが、岩本さんと共に両親を説得し、「もう1年やらせて欲しい」となった。

やれる事は06年の全社で判ったし、1年とハッキリ区切りをつけた事、スピードに馴れた事、前目に固定した事もあって07年の幸司は力を発揮し田尻さんを彷彿とさせるセンスを見せ始めた。しかし、独特のセンスを持っている幸司の良さはある程度、続けて観ないと判らない事もあり、圧倒的な存在感を発揮するまでは至らなかった。それでもV・VARENの小田を印象づけていった。オフには約束を守ってチームを離れ、家業を継ぐ為の修行に入る為に退団・・。

それでも、再び説得を受けたのか、残留を決めたばかりの友に促されたのか、幸司はまた戻ってきた。05年から入っては出て、出ては一旦離れてを繰り返す^^
ウチのチームの・・上手く言葉に出来ない大事な何かの一片を確実に持っている選手なので素直に残留が嬉しい。何より、さぬき茶屋の天むすを食べる時に少しだけ寂しくならないで済む事が嬉しかったりする。

20日は、「さぬき茶屋」で天むすセットを食べて帰ろう。

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