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2008年4月

2008/04/30

断腸の思い

腸(内臓)が千切れるほどの悲しさや辛さを味わう事。

中国、東晋の武将「桓温」 が戦で川を船で渡った時、部隊の中に猿の子を捕らえた者がいた。
子を捕らえられた母猿は、岸沿いに哀しげに叫びながら、百里以上もついてきて、ついには船に飛び乗ったが、途端に息絶えて死んでしまった。その母猿の腹を割いて見ると、腸(はらわた)が細々にちぎれていたという。


今まで生きてきて、辛い事、悲しい事色々と経験してきたが、幸いな事に「断腸」と言うほどの狂おしい程の辛さを味わった事はないと思う。どれほど、苦しくても、哀しくても乗り越えられるギリギリなラインだった。

しかし、自分の中で、この「断腸の思い」を味あわせる事があるとすれば・・それは「家族の死」だと思う。特に2人の子供に何かがあれば、多分、自分は壊れてしまって、立っている事さえ出来はしない。

そして、別の意味で立っている事さえ出来ない程に自分を打ちのめす事があるとすれば「母の死」だと思う。小さい頃から面倒ばかりをかけてきた。自分で自分を大嫌いだった頃も母は常に自分を支えてくれた。大学くらいの頃は
「何故この人は母子と言うだけで、これ程に自分を愛してくれるのだろう?」と真剣に悩んだ程だった。同時に怖かった。腕力ではない。その覚悟が怖かった。
「俺が本当にどうしようもなくて、いよいよ・・っとなったら、多分、この人は俺を殺して自分も死ぬ覚悟があるだろう」
「俺の為に本気で命を張る覚悟があるだろう」
っと解っていたから。

もし今、母と別離する事があるとすれば・・自分は後悔だらけで悔しくて、心底打ちのめされる。
「もっと報いたかった」
「もっと孝行したかった」
「もっと喜ばせてあげたかった」

でも、自分が親になった今、判った事もある。
きっと、そうやって打ちのめされている子を見たら親はこう思う。
「充分報いて、孝行して、喜ばせてくれたよ。お前が俺の子供に生まれてくれて良かった。」

「V・VAREN長崎」 現・事業部長 
岩本文昭前監督の父、岩本徐様のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。

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2008/04/29

世界の書評から(世界じゃないけどね)

ちょい前に発売されて、買う気満々だったんだけど、
V・VAREN長崎サポーターズフリーペーパー 「ナガサキスタンダード」
ホーム開幕戦コレオグラフティ(マスゲーム)の準備やら作業に追われまくっていて、とても余裕がなかったので我慢してきた
サッカー批評サッカー番長の2冊を買い行ったら、ウチのチームが表紙になっている
股旅フットボールがあったので3冊まとめ買い。

「股旅フットボール」
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休刊となった「J+」で連載されていた物に加筆・訂正を加えたもので、V・VAREN長崎が表紙だ。しかも帯書きは、J以下のカテゴリの総元締めの1人みたいな岐阜の(今の所)サポーターの我がマイミクが書いている。
06年の地域決勝最終戦の「長崎vs岐阜」がいかに著者の宇都宮氏に衝撃を与えたかよく判る。ちなみに宇都宮氏は昨シーズン末にスタンダードの増刊を発行した時も「1部わけて欲しい」とコンタクトしてきており、長崎には注目しているようだ。

現場に何度か顔を出しているだけあって、臨場感も時系列の組み合わせもも上手いと思ったが・・気になったのは、彼の視点がどこまで行っても「中央から見た地方」、「日本サッカー界全体から見た地域リーグ」っと言う風にマクロからミクロを見る視点だった事。
旅行ガイド誌で言えば東京在住の長崎通が書いたと言えばいいか・・。
こちら側の「地方から見る中央」「地域リーグから見る日本サッカー界」「ミクロから見るマクロ」な視点がなくて、現場の人間から見れば物足りなかった。
まぁ、狙うべき客層が俺らではないんだろうからね、全国向けは・・。

「サッカー番長」
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戦術論の塊で嫌味な人なんだけど、言い切る姿勢は好きだ。
この本では戦術論ではなく日本サッカー界のスジ論を示す事や、それぞれの価値観を提示していた。ただ、同じ調子で延々と続くので途中くらいまで一気に読みしてから、少し中だるみが出てくる。

でも、岡田武史監督就任に関する部分や協会の代表チームに対するプロモーション等のくだりを見ていると、「世界の中の日本」と「全国の中の長崎」の立場が実は似ている面もある事に気付いて(予算とかは別だけどね)、色んな部分を長崎に置き換えてみると面白いと思う。

サッカー批評は・・まぁ、いつものサッカー批評だ。おもろいなぁ。

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2008/04/28

まったくサッカーに関係なく深い意図もないチベット問題の話

多分、沢山の人はKYU第4節の事を見にきたのだろうけど・・、
それは本サイトの期間限定スタンドレベルの方のブログを見て下さい。

まったくフットボールと関係の無いチベットと中国の話。

ちなみに長崎生まれ長崎育ちの俺は中国に対して凄く親近感を持っている。ガキの頃から友達に華僑の人もいっぱいいたし、中華料理を愛する俺は敬意すら抱いている。それでも・・こう思うのだよ。

チベットは国土・人口・文化の超大陸「中国」と「インド」に挟まれ両国と深く関わってきた国だ。乱暴に表現するなら物質・生活面で中国、精神でインドと複雑に密接に影響を受けてきた。またインド・中国とう大国の中間の緩衝地帯として両国にとって自国寄りにしておきたい国だった。チベットは中国の影響を確かに受けてはいたが、れっきとした独立国家であり、それが破られるのは1200年代にモンゴル民族の国「元」の傘下に組み入れられた時。

「元」という国は征服した国の制度を廃して自国の制度を押し付けるのではなく、征服した国の制度に適応するという方針を採っていた。例えば中国を征服すると、皇帝制度を廃さず、大ハーン(元の最高位)が皇帝に付き、年の半年を中国で皇帝として過ごし、半年をモンゴルでハーンとして過ごしたんだそうだ。

そして、チベットを制した元はチベットの最高位ダライ・ラマを廃さず、ダライ・ラマと「チュ・ユン」と言われる「寺と檀家」の関係を作る。これは宗教国家であるチベットではハーンがダライ・ラマになっても正当性が無い事で上手く支配出来ない事が判っていた為で、「元」はこうやって支配国の流儀を取り入れてスムースに支配出来るようにしていた。

その後、中国で元が衰退し明が起こる。明は他国に攻め入る事を抑え、内政充実を図り、チベットに積極的に関わった事実はない。明はその後内乱を経て、中国の少数民族である満州族(中国の主民族は漢民族)により支配され「清」が生まれる。
そして再び、ここでチベットは清の傘下(影響下)に入るのだが、この頃の文献にもチベット人自身が清の皇帝との関係を誇らしく記述する一方で自らを「チベットに属する」としている。中国=チベットと考えていないのは明らかだ。

その後、清が倒れ中国が動乱の時代に入るのだが、この時のゴタゴタが今のチベット問題の根幹だ。
中国側は
「元」を中国の王朝と位置づけ元の傘下にあったチベットも中国の1部であり、以後も「明」「清」と中国の1部であり続けたっと主張して1949年以来、チベットを自国として組み込んでいる。

コレに対するチベット独立派の反論は
「元とチベットは檀家と寺の関係で支配・従属関係ではない」
「そもそも元も清も現中国の漢民族の王朝ではない。」

この根源の出発理論から既に価値観の違いがある・・民族・・国・・実情・・表向き・・等。これに一時期若い頃のダライ・ラマ14世がチベットの発展を考えて共産党寄りの姿勢を見せたり、公文書に署名したりしたもんだから更に問題を複雑にしてしまっている。

無論、チベットを支配するのにあたって中国の弾圧がチベット内であったのは事実でそれは許せないし、その中国内部での報道に対する姿勢には大いに疑問を感じるが、同時にチベット側の主張も全てが全て清廉潔白という訳ではないと思う。
例えばチベット側が主張するチベット領は歴史上、チベットの勢力が最も大きい頃で、尚且つ現在チベットに好意的な国を上手く避けている。政治的な面と無関係とは言えない。国益を考えて常に自国に最も利のある主張をするのが外交なんだからと言えばそこまでだけどね。

まぁ、その話し合いが行われない事が最大の問題なのは間違いない。
チベット側の最高指導者「ダライ・ラマ14世」はその武力を用いない姿勢がノーベル平和賞に輝いたように穏健派である。現状のチベットの様子を鑑みて「独立は求めない。高度な自治を求める」と妥協し話し合いを求めている。事実、若い頃のダライ・ラマ14世が中国側と組もうとした最大の理由は「チベットを発展させるにはそれが1番」と考えたからだしいし。

多数の少数民族を抱える中国にとって例外を認めれば収集がつかなくなるからチベットに妥協できないのは理解出来る。だが、今回の動乱はダライ・ラマ14世の穏健政策に対する反発との見方もあるという。

そして、中国側も話し合い姿勢を見せ始めた。逃しては欲しくないね。

そして、最も素晴らしい抗議は・・善光寺が見せたコレだろう。

日中記者交換協定という協約がある。
昭和39年に結ばれたこの協約は必ず守るべき事項として、「日中関係の政治三原則」を規定している。
・日本は中国を敵視してはならない
・米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しない
・中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない

すなわち、
・中国政府に不利な言動を行なわない
・台湾(中華民国)独立を肯定しない
・日中関係の妨げになる言動を行なわない

これを守れないマスコミは中国から排除される。このために日本のマスコミは中国に否定的な見解を出せないのだそうな。この時代遅れの協約を受け入れて未だに何も行わないマスコミが時折語る「報道の自由」、「知る権利」、「ジャーナリズム」って何だろう?

多分、試合のあった翌日に、こんな事書いてるULTRAのサッカーサイトの管理人って世界中でも滅多にいないだろうな・・つくづく変わり者だ。

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2008/04/26

明日試合

島原市営は下の写真の通り、鯉のぼり出されている。
去年も出ていて「重工さんの計らい?」と思ったら単に島原市営が出しているようだ。

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島原市営は県内では珍しく「サッカー競技」を優先的に開催してくれる。
重工もウチも上手く都合着かない時は駆け込み寺みたいにここに行く。
これからも何かあったら、ここで試合だろうな。
島原開催ではるけれど、重工の主催ゲームなので別に仕掛けはやらない。
各人では色々あるようだけどね。

この試合が終ると黄金週間挟んで2週間が空く。練習に費やす事も出来るし、休養も出来る。俺らも佐世保でも紙吹雪の準備も出来るし、休養も取れる。

さて、下は4月20日のマスゲームの様子。
あらためてご協力ありがとうございました。

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んじゃ、今から風呂入って島原行って来ます。
また明日の朝は島原市営でラジオ体操だな。

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2008/04/24

5月11日佐世保紙吹雪

5月11日() 佐世保市営陸上競技場 13:00キックオフ。

九州リーグ第5節 V・VAREN長崎vs沖縄かりゆし

で観客・サポーターによる紙吹雪を行います。

雨天決行。紙吹雪をまくタイミングはキックオフの瞬間です。

紙吹雪はULTRAでも相当数の準備は行いますが、足りない場合もありますので是非各自作成してお持ちより下さい。

紙吹雪の大きさは1万円大。
これより小さいと試合後の回収に支障がでます。

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上記の手順で赤線の部分を裁断すれば新聞紙から1度に大量の紙吹雪が適度な大きさに切れます。

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こんな感じです。

過去2度の紙吹雪の際もサポーターが試合後2時間以上かけて回収作業を行いましたが、今回は更に徹底させようと言う事で、紙吹雪はおろか競技場のゴミを片っ端から回収する予定です。特に佐世保市営は風が強いので紙吹雪が散らばる可能性もあります。
一緒に片付けてくれる方、参加大歓迎です。

尚、紙吹雪の件についてはクラブ側との話し合い等を既に終え、了解も得ております。
安心してご協力ください。

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これより派手に素敵にやってあげましょう。

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2008/04/21

ホーム開幕戦には関東から2人の仲間が駆けつけた。

松本君とは多分試合で2~3回。練習場で1回。
三宅君とは試合で1度遭っただけ。それでもその時の印象が強く、本気で一緒に戦った仲だから、すぐに仲間になっていた。そうして、遭ってもすぐに遠慮もなく冗談を言い合い、熱く語り合い、飲んで、笑って、戦って・・。

その松本君が土産代わりにと運んできたのが、コレ。

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青のレザーには星と共に「Pachanguero」の文字。
他にも色んなデザインでULTRAみんなに打ち込んできた。

シルバーのペンダントトップは特別に俺に打ち込んでくれたのだと言う。
彼の記憶を残す小さな手伝いをしただけだが・・それに対する彼の応え。

その想いが嬉しかった。
俺が仲間に寄せる想いと同様に彼も俺らに想いを寄せてくれる。
それは距離やら回数やら時間やらではない。

金を出せば何でも買えるだろう。
でも、その中でUNWEは設立以来「本物」「自分らで作る」に拘ってきた。

だから、俺らへの土産を自ら作ってきた心意気をズドンと感じた。
この土産には魂がある。だから最高に嬉しいし世界で最も俺らにとって価値がある。
俺はこれを身につけてずっと長崎と生きていく。

そして、三宅君は応援しながら込み上げてくるものを抑え切れなかったと言う。

やっぱりだ。
判ってたんだ。

俺らはずっと前から友達だ。

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2008/04/20

ホーム開幕戦

ホーム開幕戦が終了。

今回、バックスタンドへ足を運びマスゲームに協力してくれた皆さん、本当にありがとうございました。1000人以上の方が協力してくれた事に感謝します。色んな関係者の方からとても好評で「良かった」「素晴らしかった」との声をもらいました。
ありがとうございました。

ピッチ内はまだまだ、未完成な部分も多く力を発揮しているとは言い難い面もあるけれど、それを取り巻く俺達が出来る事を全力でやれば、必ず遠くない将来に応えてくれる。

スタンダードも1000部を配布したがほぼ全てが配布出来た。
V・ファーレンスナックは確実に進歩していて味も更によくなっていた。
ちなみに今年の一発目のカードは05年からの重鎮「八戸」だった。今度サインを貰おう。

2つのトランペット加入、念願の若手が一気に増えそうでULTRAとしても実りが多かった。

そして、大切な事が2つ。

07年に加入した有光は熱いハートと合理的な思考とストイックさで、やもすると自分の「やるべき事」に集中し過ぎている気配がする時があった。それに変化を感じたのは07年の最終戦あたり。そして今日、アリは「応える男」になっていた。それが、たまらなく嬉しかった。

開幕戦で配布したスタンダードで「1つになろう」をテーマに原稿を書いたんだけど、それを実践出来たんじゃないかと・・。

このまんま石垣島まで雪崩れ込もう。

本当はもっと書きたい事あるけど、限界です、寝ます^^
さすがに今回は準備期間が大変で朝5:00から12時間、ちょっとの休みもなく動きづめだったから・・。
明日は、今日書けなかった関東組の長崎への土産をについて。

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2008/04/19

ホーム開幕戦前夜

standlevelのブログに開幕直前スタメン予想や分析系を書き、

ナガサキスタンダードに呼びかけ系やらは書いた(レギュラーコーナーのNagasaki'sview以外に東川監督にインタビューしたナイセン、選手紹介で園田も書いてます。感想待ってます^^)りして・・

さすがに書く事も中々ネタ切れなんだけど・・。

リーグの開幕戦とは別にホーム開幕戦というのはとても良い物だ。
2005年にV・VAREN長崎が始動してから、リーグ開幕戦もホーム開幕戦もずっと皆勤の自分はとても幸せなんだろうと思う。毎年、毎年9割は確実に試合に行ってる訳だし

このブログがアップされる時間は、
いつもの仲間と酒楽処はち蔵で夜通し飲みながら騒いで開幕戦を持っている。
そのまんま県総入り。来年も再来年もずっと、そうやって過ごしていたいもんだ。

マスゲームの準備も、スタンダードの準備も一通り終った。
怒涛のように忙しく睡眠時間を削りながら準備したり、原稿書いたりしながら・・それすら楽しみながらやってきた。さぁ、後は開幕戦だ。

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2008/04/17

ホーム開幕戦へ行こう

4月20日は諫早へ行こう。

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きっとアシュラマンやバッファローマンも来たい筈です。
ザ・ニンジャも来るかもしれません。ちなみにブロッケンJrは「ナチを彷彿とさせる」という理由で欧州で放送の時はカットされてます。

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2008/04/14

今週も怒涛

先週は中々どうして忙しく、ちょうど1週間前に書いた

>・スタンダードの東川さんへのインタビュー(予定)と原稿書き
>・ザ・ながのフリマでULTRAの活動資金稼ぎ
>・開幕戦への仕掛けの準備
>・もしかしたら岐阜の心の友と飲むかも?
>あと、誠の所にも顔出してULTRAのプチ会議したり、
>保険のパンフレットとかもいただかんとね。^^

これらの殆どをキッチリと仕上げ、さらに家族サービスまで済ませる手際。
スタンダードのインタビューでは想像以上に手応えのある話が聞けて、原稿はその日の22:00頃に完成。
フリマではULTRA倉庫から持ち出した商品がほぼ完売し、当分フリマ参加は無いだろうという状態。
開幕戦の準備は担当達が半分程度を片付けメドがついた。
岐阜は信じられないような勝ち方を福岡とやってアチラで盛り上がったようだ。
誠の所でプチ会議もやったし、保険のパンフレットも預かったし・・。

コレオのスタッフにも次々と募集が来てるし、土曜には関東やらからの県外組が到着する。まだまだ今週も開幕準備やらあるけれど、非常に良い感じに動きつつある。

あと、コメントで追加あったけど、

開幕戦の楽しみ追加分

・諫早ケーブルテレビで開幕戦放送。
・V・スナッ!2008ヴァージョン発売。
もあります。

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2008/04/12

インタビューと開幕戦

今日は幸いな事に暇をもらえたので百花台まで行き、4月20日のホーム開幕戦で発行予定のナガサキスタンダードに掲載するナイセンのコーナー用に東川監督にインタビュー行き。

TMは国見高校とやっており3本で1,2本目を開幕集中開催に出番の無かった選手達中心のチームが行い、3本目を出場していた選手達中心のチーム。
3本ともにウチが勝ったんだけど、内容では3本目のチームが抜けており、現時点では少し差があるような印象、力ではなく習熟度でね。プロならば、本来そういう格差社会的なのも当然なんだけど、若いチームだけにケアなんかが必要になるだろう。

東川さんのインタビューは30分程度の予定だったんだけど、気付けば1時間を大きく越えて色々な話が聞けた。野武士のような骨太な叩き上げの人という佇まいの監督だけど、繊細な面なんかもチラチラと伺え、特に好きなサッカー選手やチームの話はかなり楽しかった。インタビュー内容はスタンダードに掲載されるんだけど、掲載出来なかった分は音声ファイルもあるのでStandLevelの方にでも、その内掲載出来ればなっと。

そう言えば、昨日からこのインタビューの事で事務局と何度も連絡取ってたんだけど、電話が森伊蔵の抽選販売の電話並みにつながらない^^。
岩本さんも溝口君も相当に忙しいようだった。この2人だけではないが、2人の苦労に報いる為にもホーム開幕戦を是非、大勢の観客で迎えたい。

今年のホーム開幕戦は

・オフィシャル大協賛企画「マスゲーム」
・ナガサキスタンダード配布。
・V・VAREN長崎イヤーブック発売
・開幕に印刷が間に合わなかったKYUパンフレットの発売。
・オフィシャルサプライヤーのプロ保険事務所が当日配布する保険のパンフレットの入った番号入りパンフレット。翌日のジャイアントキリングで発表された番号に該当すれば、封筒と引き換えにの渉と伝の非売品特別限定Tシャツプレゼントの予定。

っと現時点でコレだけのテンコ盛り企画。

来んば損!ですな。

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2008/04/11

主審と記録。

九州リーグのジャッジレベルについては散々書いてきてきた。
それは中々に壮烈なもので、Jで●×審判と呼ばれるレベルの主審すら、精密機械のように正確な名主審に見えるレベルだ。

それについては毎度判定で泣かされる度にチームも問題の場面のVTRと質問、要望書をだしてはいるが、毎回「以後の参考にします」程度の非情にあやふやな返事しか貰えない。
それは、戦争映画とかで主人公の部下とかが
俺、この戦争が終ったら彼女と結婚するんです
と戦場で言った時位に心細い、「あぁ、悲劇の伏線」と考えそうなほど信頼出来ない言葉だ。

これに関して現場がとりあえず出来る対処法は2つ。
我慢するか、対応策を取るかだ。

例えば、昨シーズンの岩本前監督は練習の時に
「どんなに腹が立つ、間違ったジャッジを下されても、お前ら(選手)は言うな。どうしても我慢出来ないようなら代わりに俺が言う。俺が退席処分でも出場停止でも代わりに食らえば良い事や!お前らは11人しかおらんのやから。」と話す事があった。
無論、前監督を退席させる訳にはいかないので、俺らが出来るだけ主審がミスした際はアピールをやった。監督も1人しかいないからね。俺らなら幾らでもいるし。

もう1個の方法は主審の癖を見極める事だと思う。
試合の立ち上がり20分程度で見極める事が出来れば素晴らしい。
それが無理ならせめて主審の名前を見て考えてみて欲しい。

例えば、こないだの第2節「海邦銀行」戦で長いボールに飛び込んだ太田と競り合おうとして海邦の選手が弾き返され、何故か何もしてない太田に黄色が出された。
でも、これは当日の主審の名前を見てれば予想は可能だったと思う。
和泉敏之主審は07年の九州リーグ第13節「長崎vs海邦」戦で笛を吹き、倒れれば即笛、そしてカード!っという試合をやっている。当時「倒れた者勝ちかよ」っと思ったものだ。
これを頭に入れておけば予想は出来た筈。

過去のデータを役立ててほしい。

他にラフを取らないタイプは、山下雅徳氏、、村上考治氏等がいるし、日高晴樹氏や福島考一郎氏もゲームコントロールが得意ではなかった記憶がある。一方で第1節のINAX戦の太田主審は上手く裁いていて感心した。

可能なら全国のリーグでも公式記録や評判を集めて欲しい。
石垣島でそんな目にあったらアレだから。

あと、九州リーグの公式記録ももう少し気を使って欲しい。
イキナリ長崎の最初の得点者を間違えている
どう見たって、INAX戦の先制点は洋だろ。
自動的にあの先制点のアシストとして記録されているのも洋なんだから間違いだよね?
それにシュート本数も記録してくれ!
最後に記録用紙がプリントしにくくて仕方ない。A4のPDFファイルとかにしてくれ。

古いプリンタを使ってる俺は、毎回印刷した後で印刷仕切れてない部分を張り合わせてコピーしに行ってるんだが・・その時間が何となく物悲しいからさ。

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2008/04/09

ブログ華盛り

薄々覚悟はしていたんだけど、開幕すると壮烈な忙しさでネットがどうなってるか見る暇もなく、コレの原稿やらインタビューやら、開幕戦のコレオやら、週末のフリマやら・・。
それでも楽しい事、自分の好きな事が忙しいのは嬉しくもあり、楽しくもあり。

さて、V・VAREN長崎の心臓「田上渉」と

ファイヤーウォール「伝庄優」のオフィシャルブログ

GIANT KILLING ~ジャイアント キリング~

がいよいよ開設されました。

2人で交互に書いていく形になるそうですが、最近引っ越したばかりの渉は、まだネット回線が通じてないのでPCを持たない伝と同様に会社で書く事になりそうです。

飛鳥のブログ、飛鳥サイドやアリのブログ、アリのままで等、ブログ開設ラッシュなので練習ネタの奪い合いもポジション争い同様頑張って欲しいものです。

また、渉と伝の場合、現在プロ保険事務所さんでお世話になってるのですが、彼ら専用フリーダイヤルを通じて保険の申し込み等あれば、彼ら自身が契約、説明に来てくれ、彼らの報酬面もグンと上がります。ちょうど保険に興味ある方はご一報下さい。

最近、色んな人から「渉の体格が一回りガッチリしたように感じる」と話を聞きますが、気のせいではありません。プロ契約選手にも負けない待遇で虎視眈々と来年のプロ契約を狙っています。伝も同様の環境になる訳ですが、伝の場合、これ以上ガッチリすると多分プロレスラー並になるでしょう。

少しだけぶっちゃけますが、彼ら2人は恐らく地域リーグのアマチュア選手としては全国屈指の素材です。しかし、07シーズンを終えたチームが彼らに下した評価は非情なものでした。渉も退団が頭をよぎったそうです。
しかし、幸いに良い環境で再び専念出来るようになりました。
それは本当に幸運だったと思いますし、2人共、「ツイている」んだと思います。

しかし、だからこそ、彼らは今年「言い訳の効かないシーズンでもあります」
今年のシーズンが終わった時に、チームが07シーズンと真逆の評価をするか・・そこに渉や伝は挑んでいかないといけません。しかし、現時点での2人の状態を見ていると、それを案外簡単にクリアしそうな程の雰囲気があります。
是非、そこで満足せずに本気で「日本代表」を目指して欲しいと思います。

個人的にフランスW杯以来ずっとW杯は現地に行ってますが、さすがに南アフリカW杯は止めて置こうと思っています。例外があるとすればウチから代表メンバーが選ばれた時。

行きたくないけど、南アフリカへ連れてってくれ!

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2008/04/07

始まったねぇ

金曜の夜は3:00に長崎を出る。
途中で何人かをピックアップする。宮崎に朝9:00頃に到着。

2005年の開幕戦の宮崎県総合運動公園。
その時はは開幕戦がサッカー場、第2節がラグビー場だった。今回は一応、競技場。
懐かしくて、サッカー場とラグビー場を見ようかと思ったがやめておいた。

試合は・・まぁ・・。応援自体はホーム開幕へのリハーサルとかも兼ねながら遊んだ。

試合後、白浜キャンプ場へ移動。米炊いて、地鶏を仕入れ、最強の海産県である長崎から持ち込んだ魚系、飲んでも飲んでも尽きない酒、焼酎、日本酒。
眠くなった連中から寝て、一眠りしたらまた起きて・・それを各自が適当に繰り返して、「寝る時間も惜しい」程の楽しさだった。

翌朝もヤキソバやらカレーやら地鶏やら・・新日本プロレスのジャージを着た人は、ヤキソバとカレー食べながら、ビール缶を灰皿代わりにして森伊蔵を飲むという、どうみても関西の通天閣下の地区の人達のような状態だった。

試合は・・まぁ、良いや。^^;

トータルで言うなら

園田は色々とあったので、今回の起用と得点は本当に嬉しかった。
何があっても個性を貫いて欲しい。言った通り、「俺が付いている!」

伝は一番伸びたと感じた。06年北海道大学リーグブッチギリ完全MVPの本領発揮やね。
近藤も積極性が見えて良い感じだった。失点は守備陣で約束事とかがほとんどぶっつけ本番だった事が最大原因で選手個々の責任ではない。

渉は左サイドバックでも良いボール上げるね。でも、持ち味をまたチームの為に犠牲にしてる気がした。渉、元気、武男でボランチは回すって出来ないかぁ?
それにトップ下で一回起用された時はありかぁ?

元気は素晴らしかった。やっぱ、攻撃に絡む元気は素晴らしい。
中でボールさばけるのは元気だよなぁ。

FWは洋がやっぱ1番調子良いね。TMでも1番点を取ってたし。
アリはサイド起用が多かったせいで中からのボール少なくて合せきれんかった。

帰り道、パーキングで山頭さんが誰かと話してて「絡まれてるのかな?」と思ったら、こっちへ来るので「ん~?」と思ったら昌樹だった。少年サッカーのコーチをしているらしい。
「応援してるんで頑張ってください」と馴れない丁寧な言葉を言っていた^^

ホーム開幕戦は2週間先で、今週末は空くんだけど、チームが色々やっていくように、こっちも色々とかましていく。
とりあえず、今週は
・スタンダードの東川さんへのインタビュー(予定)と原稿書き
・ザ・ながのフリマでULTRAの活動資金稼ぎ
・開幕戦への仕掛けの準備
・もしかしたら岐阜の心の友と飲むかも?
あと、誠の所にも顔出してULTRAのプチ会議したり、
保険のパンフレットとかもいただかんとね。^^

開幕したよ、ホントに。^^

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2008/04/04

開幕だ

素人さんでもよく判る今年のKYUリーグ解説。

Kyu08

まぁ、そんなこんなで行ってくるよ。
今回、チームの遠征メンバーは17名だったと思う。10名が居残りな訳だ。
ホーム開幕を狙って欲しい。怪我してる選手は華々しい復帰を思い描いて欲しい。
自分がチームと一緒に戦ってると思う人も同じ。
自信持って長崎に居てくれ。

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月日

2005年の4月9日。
V・VAREN長崎は初めての公式戦を戦い、初めの勝利を味わい、田尻さんは試合後に涙ぐみ、晃一郎も言葉に詰まっていた。この日に色んな人に出会い、それからそれはまだ続いている。

それから3年が過ぎて4度目の開幕戦。場所は同じ宮崎県総。
あの時のメンバーは片手で数えられる程度になった。
この時に2得点を挙げた晃一郎は今は仕事に汗を流している。それでも年に1~2回位はV・VAREN長崎の練習にも顔を見せてくれる。
田尻さんは大阪でサッカーを続けているそうだ。誉さんと相変わらずらしい。
他の者はフットサルや県リーグをやったり、松浦のように対戦相手としてKYUにいたりする。

この頃からの残留組。
税所はまだ少し腰を痛めてるんで療養中。
堀川は相変わらず夜練で頑張ってる。3年の間に結婚した。
渉は相変わらずチームで走り回ってる。
八戸は何だかんだ言いながらキッチリと今年もチームに残った。
武男さんは、多分この年よりも絞れた体で変わらずプレイしている。

岩本さんは事業・総務部長になってる。林田さんや総司や一郎さんは仕事に戻った。
ウッチーは今年も国体の少年の部の監督で忙しそうだ。
溝口君はこの時よりも明らかに仕事量が増えたまんま^^

俺はこの頃より2つばかり持病が増えた^^;
そんで・・応援する仲間も増えた。

今年も楽しい年になるだろう。
10年くらい経って誰も居なくなっても大丈夫!だって俺が全員覚えてるから!!
俺は絶対に残ってるから^^

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2008/04/03

開幕前

集中開催では

金曜の・・日付的には土曜の3:00に出発。

オートキャンプ場に泊まる激安ツアー。

飯はバーベキューとお馴染みの七輪。

厳選して持ってこさせる地元食材に、厳選して持ってきた焼酎、ビール。

何もかも置いといて、ひたすらチームと自分の直線の日々がまた今年も。

全部、ひっくるめて楽しいなぁ。

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2008/04/01

現役五輪代表加入!

急な発表で間に合わず、こっちに書きます。

来ました!!!!最強の補強選手!!!!!!

ずっと中村和さんが忙しくしてたのはこれだったのかと。
昨日の濃霧の試合で見た大きな人影は太田じゃありませんでした。

V・VAREN長崎に北京五輪を目指す次藤洋選手が加入!!!

U

 2008年4月1日付けでアビスパ福岡所属で北京五輪を目指し活躍中のDF「次藤洋」君の期限付移籍が発表。次藤君は中学年代で彗星の如く現れ、その恵まれたフィジカルを生かし活躍。以降代表にも選出されるこの年代屈指のDF。北京五輪を控え、大事な時期だが故郷「長崎県」の力になりたいと自ら移籍を志願。背番号は「00」。既に練習には合流している。当面は飯森の選手寮に入る予定。

次藤 洋(じどうひろし)
生年:不明 誕生日:4月29日 年齢:不明(多分23歳以下)
出身:長崎県比良戸市(平戸ではありません)
経歴:比良戸中(平戸中ではありません)→国見学院(国見高校ではありません)→A福岡
身長・体重:185cm/84kg  血液型:O型 利き足:右


次藤洋君のコメント
「生まれ故郷の長崎の力になりたくて戻ってきたタイ!
 リティアビスパでは中々出番がなく悔しい思いをしたので頑張りたい。
 北京五輪で結果を出す為にもまずはスタメンを狙うタイ!」

尚、次藤選手は2008年4月2日から北京五輪合宿の為チームを離脱します。
帰国は不明。

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