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2008/12/10

ありがとう東川昌典、さらば東川サッカー③

東川サッカーでは劇的に失点が減った。

前任の岩本さんはサイドアタックが根幹だ。左右両サイドバックも攻撃参加が求められる。「攻撃は最大の防御」という傾向が強かった。これは岩本さん自身がサイドハーフだった事も多分に影響している。守備の安定より攻撃の強化を考えていた。

東川さんはバランスを大事にした。
隅田が攻撃力の一方で守備に脆さを持つなら、逆サイドに渉の安定感を持って来る。

通常4バックで右サイドバックが上がれば左サイドバックが下がり、左サイドバックが上がれば右サイドバックが下がる「振り子の動き」と言われる約束事がある。

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上図のように動いて、常にCBとあわせて守備が3人いる状態を維持する。両方とも上がるのはよほど点を取りに行く時だけ。

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だが、上図のように長崎は上から見れば隅田が常にやや上がり目。
そこを突かれても隅田は戻るスピードがあったが、それだけでは不安。そこで常に渉がバランスを取っていた。武男も時に守備に加わる。武男が下がったエリアは竹村がカバーする。守備の枚数とバランス・・これが東川守備の肝だったし、ストッパー型の伝とスイーパー型の久留の相性も良かった。

この堅守構築は東川さんの手腕と言っても良いと思う。

これに対して最も不信を招いたのが選手起用。
スタメン固定化、育成癖が選手の気持ちを削ぐ。
KYU第8節に「負ければ解任もありうる」というムードになって、布陣を4-1-3-2にし、それに伴う起用変更はあったが、固定化の傾向は変わらなかった。

その最たるものが隅田起用の固執。

飛鳥や園田には「守備が不安」と口にしておきながら、同じく守備の安定していなかった時期の隅田は我慢の起用。後に地域決勝で活躍する加藤をFWや隅田の出場停止の代役に使い、久留の出場停止中には加藤をベンチに座らせ隅田をCB起用。

実際、何人かに「隅田起用は京都とそういう契約なのか?」と言われた事がある。
また、隅田に「フィジカルを鍛えておけば、来年京都に帰った時に必ず長崎来て良かったと思うぞ」とアドバイスしたと話を聞いた時には
(来年の京都の話じゃなく、今年の長崎が大変なんだよ)と反発せずにいられなかった。

地域決勝大会で、飛鳥が攻守両面で昇格に貢献したのは皮肉な話だ。誤解のないよう言うが、隅田自身は素晴らしい姿勢と能力を持つ好選手だ。結果的に隅田自身の活躍と姿勢で挽回したが、隅田自身の評価を著しく下げかねない起用だったのが残念だ。

この固定化と固執は選手のやる気を確実に削ぎかけた。にも関わらず「もう負けられない」という思いがますますメンバーを固定化させた。

更に暑さで動けない選手に炎天下で2部練。
かりゆし戦前の時点で学生相手に動けない伝に対して、試合に出ていない飛鳥が好き放題にサイドをチギる。それでもいつもと同じメンバーで挑み完敗。

試合途中で長崎のサブの選手が下を向いて諦めた顔をした。
メンバー固定化、交代固定化で自分がピッチに出られる事がない事を悟って・・。

さすがに炎天下の2部練とフィジカルトレーニングは周囲の意見もあり、すぐ抑え目になった。この時期には練習後に選手達だけが集まって戦術を話し合うようになっていた。
気持ちの切れた選手も武男さんや元気らがフォローして回っていた。アウェイ大分戦は、そのシンプルに話し合った戦術が東川さんの目指す方向と噛みあった試合だった。

KYU最後の頃には東川さんは余りポゼッション、ポゼッションと言わなくなっていた。
アウェイ大分戦のイメージが共有出来てたし、シーズンを過ごす事で東川さんの人間性は選手達も理解し、上手くやっていた。
それにKYU終了後は変に肩肘張らず、やや軽く見られてもコーチ的に選手と接するようにもなっていた。

それでも3つ問題点があった。

一つ目は実戦でイキナリ練習でもやっていない事をさせる事
選手達に「何のための練習だ!」と不信を呼ぶばかりだった。

二つ目は試合中の余裕の無さである
「自分で判断しろ!コーチングは無視しろ!」と指示を飛ばして送り出しながら試合中ずっと「そこライン上げろ!何でやらないんだよ!聞こえてんのか?」と怒鳴るという試合があった。特に試合終盤はその傾向がひどかった

3つ目は自身の意図を上手く伝達する術を持たない事
意図を上手く選手に理解させる事が出来なかった。

(つづく)次回、その④でこのテーマ終り

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コメント

石垣での町田戦、速報での塚out隅inの文字にPK負けしてしまったけど希望をもってました。高知で松葉杖をついていた「怪我をしている」もしくは「怪我をしていると思わせている」隅田選手を『大塚選手に替えて』拮抗した町田戦で出す意味。kyuが終わって2ヶ月の空白。でもそれは期間限定を読ませてもらって失望に変わりました。成功はしなかったけど意味のある交代だと思っていたものが・・12月2日のブログ、面識など全くありませんが「ササキさんに一票」という気分でした。

昇格できたから言える事ですが、隅田選手は前で見たかったです。

投稿: まつ | 2008/12/11 00時18分

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