カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2011/04/30

こないだと昨日のやすみのこと

ここ最近の事をツラツラと・・23日にV・VAREN長崎の試合があった翌日、島原で九州リーグが開催されていたので観にいく。「KYU第3節 重工vsヴォルカ」

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前日に重工のスタッフと話したのだが手応えを感じているようだ。ちなみに昨年の重工得点源である栗山はヴォルカに、ヴォルカの得点源FW辻はFC KAGOSIMAに移籍となんかババ抜きみたいな悲喜こもごもだ。

さて、試合はヴォルカの速攻から失点するも、重工がペースを握りPKで追いつきPK戦負け。でも内容は重工。中心となっていたのは元V・VARENの3人。特に武男は無双モード。重工の戦い方は複雑ではないのだが、動きや役割がハッキリしていて意図がある。竹村をそのPOSに置く理由なども明確だ。シンプルな意図を幾つか組み合わせており良いサッカーをしていた。実力は充分上位。全社出場は射程内で、全社本選でも結構やると思う。
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欲を言えば幸太郎をもっと早く見たかったかな。さて、この試合で最初はホーム側の隅に座って、支援会島原支部長の森垣さんや小涌園の本田さんと見ていたのだが、試合途中から雨が降ったのでメインの屋根の下に行ったら・・目の前が加藤ファミリーと武男ファミリーだった。加藤の所のりんちゃんがちょっと大きくなっていて実に可愛い顔をしていた。
ちなみに会場にはウチのドクターだった秋山さんや、社長、専務なども来ていた。

その後、釣りでもしようかと網場の方へ行ったら・・V・VARENのOB、八戸がランニングしていた。現在、総科大サッカー部を指導している八戸。やはり現場でやる以上は体を作らなきゃでやってるんだろう。どうりでちょい前に会った時に「絞れてるな」と思った訳だ。

そして一気に時間は飛んで昨日。

沢山の人から金沢へ行ってないのか?と言われたり、きかれたが・・行ける訳ねぇ!長崎の人はみんなすぐに忘れるのだが、俺は会社員で働いていて、お国のために頑張る納税者なのだ。しかもウチの仕事は土曜も通常業務だ。ちなみに22日に琉球のアドバイザーと名乗るスポーツライターが俺らの話を聞いて最も驚嘆したのは「長崎は土曜は休みじゃない所が圧倒的に多い」という事だった。

そんな土曜通常業務な俺が23日の開幕戦に行くには土曜に・・しかも決算時期に休みを貰わないとならない。
28日の平日に19:00開催の金沢戦に行きたいから、また休ませてなんて言えるかぁ!
いや、夕方まで仕事して間に合う方法があれば行ったよ!でもどの空港からも微妙に遠い試合会場には休み貰わない限りいけねぇんだよ!

っという訳で金沢戦に行かなかった28日は家で大人しくamoamoさんの速報を楽しんだり、現地観戦の鳥山さんから話を聞いたりしていた。

翌日はゆっくり目に起きて遠征費を稼ぐためにフリマをやっているwakiさんと福島ファミリーのブースに顔を出す。
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手伝うと言うより、ほとんど邪魔しているだけだったが2時間ほどアレコレ話して・・一旦、家族の事情で帰宅。その後・・俺は向かう!!そう・・

「男どアホウ!フィッシング~!!in福田」

釣りをすべく福田へ行く。
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まずはサバの切り身で釣り開始。
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上左10cm、上右12cm、下9cmと小さい金魚クラスのアラカブ2とイシモチ1が連れた所で、ワームに餌を変更。

天気が良く非常に気持ちが良い。景色も良い。きっとスケッチ門司と呼ばれ、去年、大村に大豪邸を建てた親和銀行勤務の門司さんならスケッチを始めているだろう・・。ちなみに大豪邸について門司さんが
「ハッハッハッ!建築設計は1流に頼みましたよ。ここだけの話、高名な建築士が何故か格安でやってくれましてね、アネハ・・とかいう名前なんですが。」
と言っていた・・という夢を見た。あくまで夢の話だ。

ワームに変えてからもアラカブ2ゲット。
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左14cm、右19cm。

そしてラスト堤防の沿いの所で・・こいつが来た。

ドン!
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27cm。

写真を撮らないと誰も信用しないのでちゃんと撮る。口の所のフィッシュキャッチャーとのサイズ比較でサバを読んでない事は判るだろう。アラカブよりも平べったいフォルムなので何だろうと思って、家で調べたらオニカサゴのようだ。

こうして気分良く休日を終えたのだが、JFL九州枢軸国・・九州互助会・・の琉球やロックが開幕2連勝していたと知り、やや複雑な気分となる。

やはり佐世保で秋田に勝たねばな。

そう思いつつ帰途につく。

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2011/04/11

フットボール要素の少ない週末

KLMのBBSが復旧したんでBBS不具合に関するお知らせのブログ記事2件を削除しました。

さて、俺の先週末だ。

まず、土曜は上手く仕事の予定があったので久々にかきどまりに練習を観にいく。

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TM V・V長崎vs長崎大学
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メンバーぐわんぐわん交代させながら色んな形でやっていた。
まぁ、長崎大学の3番に右サイドが裏取られまくったりしながら色々だ。頑張れ。
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まぁ、地力の差で圧勝したけど・・こっからはコンディション調整しながらなので内容はあんまり気にしない。

その後、亜由美の誕生祝だというのではち蔵へ行く。
福島家は一家総出で髪を切りに行っていて、特に美桜ちゃんの髪バッサリ感が凄い。多分、会って6年・・こんなにショートの美桜ちゃんは初めてだ。

翌日は皆でマテ貝堀に行く予定が・・俺、盛大に寝坊!

なので・・久々の・・「男ドあほうフィッシング~!!式見編」
と言うことで式見で釣り開始。

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ここ最近、色々と頭脳労働が多く結構いっぱいいっぱいだったので釣りでボ~っとするのが実に心地良い。ノンビリだ。
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ちなみに釣れたのはこの小さいの一匹。
写真を撮っておかないと何故かみんなが信じてくれないので撮る癖がついた。09

海即山という実に長崎らしい景色に心が洗われていく。
山水画でも描きたい気分になった。別に書ける訳ではない。そんな気分になっただけだ。

すると・・メールが!

「バーベキューします」

釣り終了で、琴海へGO!

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久々にみんなでゆっくりしながらバーベキューを楽しむ。
ノンビリ、まったりバーベキュー。実に人間らしい暮らしだ。

11 マテ貝がとても美味しくゆっくり焼きながら、ノンビリ食べて、みんなでダベッて解散。

フットボールの少ない週末も悪くない・・たまには。たまにはね。
強いて言えばフットボールの要素が多いと言う事はないな。

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2011/03/31

創成館監督、長崎人”たー”

先日、元V・VAREN長崎の8番で守備の要でもあった久留貴昭・・”たー”に偶然会った。

たーは今、創成館高校で教諭を務めサッカー部の顧問をしている。
名刺を差し出しながら「部員をもっと増やしたくて・・」と笑い、武男に「創成館の練習に来てくださいよ」と誘っていた。

たーは鹿児島出身だ。鹿実で全国レベルを争い、福岡教育大へ進み大学でも九州を代表するDFの1人として活躍した。そしてJFLの佐川大阪(現SAGAWA SHIGA)入り。後期には試合で活躍し、翌年それまで縁もゆかりもなかった長崎へやってきた。それからV・VAREN長崎の主力としてプレイし、06年は地域決勝前の大補強の中でもポジションを守りきり、07年は主将になった。

そして・・長崎で知り合った人と結婚し、V・VAREN長崎退団後も長崎に残る道を選んだ。
今のたーは誰がどう見てもバリバリの長崎人だ。ずっと長崎人だ。

もし、V・VAREN長崎がなかったらどうなったろう?たーは長崎に来なかったろう。

同じように他の街で生まれながら、長崎人になった選手達がいる。
竹村は長いプロ生活の最後の4年を過ごした長崎で生きる道を選んだ。
加藤は奥さんも一緒に長崎に根を下ろす事を決めた。
長崎とゆかりの深い武男だって、V・VAREN長崎がなければ今、長崎にいたか判らない。

JFLでバリバリ戦った”たー”がその経験を長崎の子供に伝えようとしている。
何だかんだ言いながら・・V・VAREN長崎はちょっとずつ長崎の街に沁みていくのかもしれない。1人でも多くの子に”たー”の経験を伝えて欲しい。

こないだまでバリバリJFLで戦っていた選手の指導を受けられるってきっと素敵な事だろう。しかも”たー”はプロ選手もいたV・VARENで主将も務めた男だし、礼儀だってしっかりしている。創成館の子は是非サッカー部を覗いてみて欲しい。

”たー”ならきっと何か面白い事を巻きおこしてくれそうな気がする。

今年は創成館の試合も観にいこう。長崎人久留先生の采配を観にいこう。

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2011/03/30

2人のKAZU

大抵のフットボールファンにとってKING KAZUという存在は別格で永遠の憧れだ。
それは俺も例外ではなく、KING KAZUはスペシャルな存在だ。フランスW杯、ドイツW杯、どちらにも着ていった代表のレプリカにはKING KAZUの直筆サインが入っている。何となくKING KAZUの魂を一緒に見に付けているような気持ちがするから。

だから、このチャリティマッチのゴールシーンは何度見ても心が震え、涙すら出てくる。

そんなKING KAZUがチャリティマッチで日本中を湧かせた夜、俺は長崎のKAZUに会っていた。

阿部博一

3年間長崎で必死に走り続け、共に戦った選手だ。

阿部ちゃんはKING KAZUのように華やかなスポットライトを浴びてきた訳でもないし、日本中の話題をさらう訳でもなかった。Jリーガーでもなかったし、場所も長崎という日本の西の果てだった。クラブでも不動のレギュラーではない。そうして・・昨年末には解雇された。

でも、KING KAZUがそうであったように、阿部ちゃんも全身全霊で走り続けていた。色んなものを捧げ続けて戦ってきた。それを長崎を応援する人間はみんな判っていて、だからこそ皆が応援した。

阿部ちゃんは今年に入っても長崎に残り、塾のバイトを続けていたのだそうだ。

阿部ちゃんの口からは一切後ろ向きな言葉が出なかった。
解雇された事についてすら「俺がシーズンで20点も30点も取ってればそんな事にはならない訳だから・・」と語る。

昨年末、阿部ちゃんはブログにV・VAREN長崎について書いた。

「あれを書いた事で色んな意見や批判が来たけど、それは最初から覚悟して書いた事だから。でも一つだけアレを書いて気になったのは、そんな気持ちは全然ないのに長崎の人に俺が長崎を嫌いになったと思わせてしまったんじゃないか・・そんな心配をさせてしまったんじゃないかって事で・・・

と言う事だけが心に引っかかっていたと言う。

本当に嫌いなら相手にしない。関わりたくもないものだ。実際、阿部ちゃんが書いた内容は文字や文章だけでなく行間や阿部ちゃんの3年間を知っていれば誰も誤解しないし、長崎を応援する人は皆それは判っていると思う。好きなモノだからこそ、悪い点や嫌いな点があればそれを何とかしたいと思うし、黙っていられない事もある。

「V・VAREN長崎を潰しちゃいけないと思う。自分の街に応援できるクラブがあるって本当に素晴らしい事だと思うし、それが無くなるような事があっちゃいけないと思うんです。」

この阿部ちゃんの言葉が全てだ。

俺が「いつかね、辞めた選手たちが笑って顔を出せるクラブにしたいんだ」と言うと「本当に・・そうですね。そうなると本当に良いですね」と頷いてくれた。

そして「長崎での3年間はとても素晴らしい3年だった」と言った阿部ちゃんの言葉が素直にうれしかった。

阿部ちゃんとの別れはとても寂しいモノだったけれど、悲しいモノではなかった。
阿部ちゃんの口から一切ネガティブな言葉が聞かれず、未来へ向けて力強く踏み出していて、前向きな言葉が多かったからかもしれない。

最後にサインをもらった。
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この本は2009年に出版された「The Pure Land」。トーマスグラバーの生涯を描いた長崎が舞台の小説の日本語翻訳版だ。「ながさきぶらんど(イノベーション)塾」という市民サークルが市民による翻訳作業で出版した本で商業出版ではない。
この本の第7章を阿部ちゃんは翻訳している。

阿部博一は明日長崎を発つ。
東京に戻った後はしばらく東京で塾のバイトをしてその後アメリカへ留学する事が決まっている。そうして3年は日本に帰ってこないそうだ。その3年の間に新しい道を見つけ進んでいくのだと言う。フットボールも向こうで続けるのだそうだ。
きっとまた3年間走り続けていくのだろう。

3年後にさ、皆それぞれ成長してまた会えたら良いなと思う・・と声をかけると穏やかに頷いてくれた。

昨日の夜、KING KAZUは日本中に希望と勇気を発信し、長崎のKAZUは俺たちに希望と勇気と発信した。長崎のファンだけにしか判らない、でもKING KAZUにも負けない輝きで・・阿部博一は長崎は色んな物を残してくれた。

またいつか走っている阿部ちゃんを見たい。

では・・3年後。

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2011/03/26

脱力する出来事の中で蛮勇を振るう

フト・・思い出したのだが、

2006年の年末かか2007年年頭だったかにあるフットボール選手から聞いた言葉。

「俺は○○や××の事は大嫌いでしたよ!顔見るたびにブン殴ってやりたいくらい嫌いだった。普段は口もきかなかった。でも、試合の時は○○にも××にもパスを出すし、あいつらのミスのフォローの為に走ってカバーしたし、良い動きした時は声だってかけてた。チームだから!チームが勝つ為に俺はそれをやった。」

彼は当時の所属チームのフロントにも不満や言いたい事、怒りはあったがその頃は黙っていた。
「結果を出してからじゃないと説得力がない!俺がこの1年頑張って、結果出して、そして俺が言う。」
と言っていた。

その選手は確かに試合の時にパスを出し、献身的に走り試合中は自分の好き嫌いを差し置いてプレイしていた。結果を得る事はなかったが、それを見ていたから彼の言葉には説得力があったし納得した。

でも・・例えば・・その選手が、

「○○や××に対して嫌いだから、合わないから関わりたくない。だから○○と××へはパスも出さないし、フォローもしない。声も掛けない。でも勝つ為に俺は俺の全力を尽くす。」

と言ったらどうだろう??
随分、自分に都合の良い全力だな・・と思っただろう。納得もしないし、多分、俺は彼の事を「要は自分の気持ち、好き嫌いが全てね」と思っただろう。

でも、世間や人にはそういう人もいるし、そういう事は多い。

俺だって周囲に合わない人はいるし、そういう人と一緒に何かをするのは気が重い。
特に業務以外ではキツイ。それでも、出来るだけそういう人にも挨拶はするようにしている。

でも、そういう人の中には無視を決め込む人もいる。
正直ムカつくが、だからと言って俺まで同じように無視したり協力しないようにすれば、その相手と自分が同レベルになったような気がしてとても嫌なので意地でも何ともない対応をする。まぁ、俺にも、迷惑だし、どうしても理解出来ないので関わらない人間はいるが、その場合は一切不干渉で行く事に決めている^^;

でも関わると決めた事で一緒にやらなければならない事ならば、嫌いであってもパスも出すし、フォローもする。その時に嫌いな奴にはパスもフォローもせずに「チームで戦った」「皆で一緒に」と言ってれば・・多分、俺は、「嫌いな○○にも××にもパスを出し、全力で戦った選手」に笑われる・・そんな気がする。

応援やら支援やらをやるにあたっては感情を大事にしたいが、感情に振り回されたくはない。感情はいつだって揺れ動く。だからそれにこだわれば自分がブレる。

ブレずに生きていきたいものだ。

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2011/03/21

七ヶ浜

2009年にSony仙台と試合しに宮城県の七ヶ浜サッカー場へ行った。

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専用スタジアムだった。
当時、スタジアム問題で1度目のJ加盟申請断念直後だったのでとても羨ましかった。
こんなスタジアムが欲しいなと思った。

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これが今の街中とスタジアム周辺なのだそうだ。

絶句する。

あらためて震災の凄まじさを実感し、一日も早い幸福を祈る。

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2011/03/13

東北地方太平洋沖地震

一昨年、Sony仙台との試合の為に仙台に行った。

仙台空港はすぐ目の前にレンタカー屋があって、そのすぐ側にガソリンスタンドもあって、更にちょっと進めば高速乗り口。高速道を進むとスタジアムの近くに到着する。
(何と利便性の良い街だ!)と思ったものだった。

思えばJリーグの試合を見てる時も宮城スタジアムはおいといて、仙台スタジアムの立地・臨場感の良さは圧巻だと感じていた。

テレビで仙台空港に津波が押し寄せる光景を見た。

街中を車で走っている時に見たSonyの建物。
「すげぇ、バス停の名前がSony前だよ!」とSonyと仙台の結びつきの強さに驚いた。
そのSonyの建物がテレビに映る。テロップには「1000人が避難」の文字。

見たことのある、印象深い物が津波に飲み込まれる様は衝撃だった。

去年泊まったコテージはどうなっているだろう?

山側だから大丈夫だろうか?

去年一緒に応援した彼らはどうしているだろう?

名前も知らない。殆ど会話らしい会話もしていない・・それでも、一緒に長崎を応援して笑ってくれた彼らは無事なのだろうか?

彼らは今、どんな気持ちで揺れ続ける自分たちの街を見ているだろう?
揺れ続ける他の街の沢山の人はどんな気分で夜を明かしているのだろう。

今はじっと復興を注視したい。

まずは募金をと考えたが個人個人がやるよりも団体でまとめた方が良い。
実際、JでもJFLでもそういう動きがあってて話をもらっている。

献血は風邪が治ったら行こう。

フットボールが出来るのもみんなが平穏であってこそだ。

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2011/01/31

うえきさん

今日、うえきさんがブラジルへ飛んだ。

うえきさんは お友達だ。

自分勝手で、気まぐれで、飽きっぽくて
意固地で、辛抱が足りなくて、
露骨に顔や表情に気分が出て、
自分がしたいと思えば周囲の事は二の次で
そのくせに人の事を気にして、デリケートで
でも、そうやって人に指摘されると
物凄く意地を張って、素直でなくて、
直情的で、目立ちたがり屋で、負けず嫌いで、適当で・・。

でも、そんなん全部ちっこい事と思える位に痛快だ。
うえきさんの長所は、うえきさんの短所を圧倒する。

お行きなさい!我が同胞よ。
海を渡って裏側で痛快に生きなさい。

夏の一時帰国の時にどうなっているか楽しみだ。

俺はそれまでに色んな重荷を下ろして身軽に会いたい。

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2010/12/31

年末の挨拶

さて、今日で今年も終る訳だが・・

色々あったような、でも毎年の事だな的な感じだった年だ。

今年はこれまで通り、KLMとしてサイト運営をやり、ULTRAとして応援をやりつつ・・
フリーペーパー「プロビンチア」をグレードアップさせ「ViSta」を発行し、オフィシャルのMDPも書かさせてもらったりしてきた。そして、シーズン後には支援会を発展させる為、余計な誤解で周囲に迷惑をかけない為、ULTRAを卒団し、支援会の活動を進めてきた。

さすがに、これらをやるのは中々に時間のやりくりが大変でサイト運営にもメルマガにも、このブログにも支障が出たりした。

来年は少し統合したり、調整していこうと思う。

まず、ViStaの来季発行についてだが・・現時点では白紙に戻している。
ぶっちゃけるとViStaは年5号発行した訳だが、発行代だけで100万はいかないが・・ウン十万ちょいかかっている。ViStaをやる時に決めたのは、V・VAREN長崎のスポンサーや既にお金を出している所から二重取りするような真似はしないようにしようだ。その為、ViStaの広告主は、事情があってV・VAREN長崎にお金を出せない所や出さない所に絞って営業を行った。

来季の予算も現時点で20万近くは内諾を貰っている。だが、現在はそれ以上の営業活動をあえてストップしている。理由は、V・ファーレン長崎を応援する事にお金を出したいと思わせる事が出来るか・・新しい体制や方針の発表待ちである事が大きい。

多分、それを抜きにしてお願いすれば広告主は出してくれるとは思う。だが、ViStaと言う現時点で広告価値がまだ低い媒体に心意気で出資してくれた広告主が納得した上で、「お金を出したい、応援したい」と思ってもらってからでないとお願いしたくない。
それが昨年、広告を出してくれた方への義理だ。

これがビジネスや会社の事なら、そんな甘い事は言わない。
だが、ViStaは将来の市場作りの先行投資という面はあっても、根っこは物好きが勝手に始めたアンオフィシャルのフリーペーパーだ。ViStaスタッフで営利を得た人間は1人もいない。基本無料働きだ。無料働きの人間が作る媒体に、心意気で出資するスポンサー・・。つまり情だ。情で成り立つ媒体だからこそ、こういった義理を大事にしたい。

あとは単に俺が営業活動をやる時間がないって言うのもある。
もし、ViStaが本当に長崎の人に必要とされるならきっと動きがあるだろう。

MDPについては来季もやりたい気持ちはあるが、これはクラブが発行するか、誰に原稿を依頼するかという問題があるのでクラブの決定を待ちたい。

支援会に関しては色々やりたい事もあるし、やれる人材も揃いつつあると思う。だが、まだまだ足りない。もっともっと増えていけるように頑張りたい。

メルマガとKLMについては完全に個人でやってるので、これまで通り自分のペースでやる。KLMのコーナーは少しいじって減らそうかと考えている。シンプルにリニューアルな感じだ。

まぁ、そんな感じで来年もゴリゴリやっていこう。

来年もよろしく。

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2010/12/03

覚悟のススメ

さて、昨日書いた通り・・変革は必要だと思っている。

気になるのは唯一・・人には感情があるという事だ。

考え方も思考も、目指す物もそれぞれだ。

変革を行うのならば、そこには当然に配慮と覚悟がいる。

V・VAREN長崎とは何だろう。

V・VAREN長崎は企業名だろうか?

誰のチームで、何を目指して、何をしたいのか?

改革は始まった。

振るわれた改革で15名の選手が退団し、去るフロントもいる。

振るった改革の正しさの判断は未来に委ねる。

振るい方に覚悟はあっただろうか?

選手が現役を、

もっとも愛するフットボールを、

断念しなきゃならなくなる改革を断行する覚悟は。

それを断行して返り血を正面から浴びる覚悟はあったか?

改革の第一歩はそこから始まる。

もし、その覚悟が無ければクラブは大きな物を失う。

今を愛せない者は未来も愛せない。

今に微笑まない者に未来は微笑まない。

踏み出された一歩はどこへ向っていくのか・・それを見ていきたい。

ありがとう、お疲れ様、ごめんなさい。

ありがとう。

今日も1日が始まる。

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